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このサイトは、タレント・大家志津香さんとその周りの人達を 勝手に応援するサイトです。

用語の解説 抜粋版〜 大家志津香 界隈の基礎知識 〜


用語の解説について


このページでは、大家さんにかかわる人や物事や言葉など、いろいろな用語等について簡単に解説していきます。

なお、あまりにも有名なものは本編中で取り上げていたため、主に補足が必要と思われる用語を取り上げていました。調べたい用語が、運よくこの中にあれば幸いです。

現在は、アーカイブの中から一部抜粋したもののみを掲載しています。



アドバンスドオープンウォーターダイバー(AOW)
ありがとうございますが聞こえるおじぎ
いつ消えるかわからないような私を

石田晴香
岩佐美咲
上からマリコ
内田眞由美
梅田彩佳
大家志津香の苦悩
大家族(おおやぞく)
お客様の笑顔を想像する



漢字バラバラの女王
帰郷
キス魔・スキ魔

北原里英
君に逢いたくて
倉持明日香
ケーキ屋にある お寿司のような存在になりたい
研究生・AKB48の4期研究生
紅白選抜

小森美果
これを見たくて来たんですよ


指原莉乃
CちゃんがCらべまSHOW!!
Cトーク
しーちゃんハートホスピタル(CHH)
志津香
自分の実力不足でファンの方まで傷つけた
シュートサイン
人生が終わった
鈴懸なんちゃら(公式略称)

鈴木まりや
セルフプロデュース
潜水士(国家資格)
全力で聴かなきゃダメじゃん!!
総選挙



田名部生来
誰ともかぶらんような人になりたい
タンポポの決心
チーム4(架空のチーム4)
地方組 概要
地方組 活動と効用
地方組ラップ
翼はいらない
でしゃばりすぎた
遠い街へ



中西優香
仲谷明香
なんかきた
1級小型船舶操縦士免許
願いごとの持ち腐れ
野中美郷



はるいち
ヒューマンビートボックス
福岡県
福岡聖菜
副キャプテン
普通自動車第一種運転免許
誇れるものがない
ほんとにteamAなんだと実感しました



前田亜美
馬嘉伶(Ma Chia-Ling)
松井咲子
松原夏海
マンガに登場
ミラクル9
ミラクル9の「ミラクル」とは、大家志津香のことです
みんなも後日見て一緒に恥ずかしくなろうぜ
メンバーはメンバー



やりたいことがあるから
横山由依



りのりえ運命の出会い
列が増えてうれしい、って言われたのがうれしい



ワニに食べられる









 
【 あ行 】



 
アドバンスドオープンウォーターダイバー(AOW)

ダイビング

スキューバダイビングに必要な技能認定:Cカード(C-card)の資格区分のひとつ。
Advanced Open Water Diver。

Cカード(C-card)とは、ダイビング指導団体が、直接、またはフランチャイズを通じて実施する技能講習を終了した者に対し発行する技能認定(Certification)カードのこと。潜水作業に従事する労働者に必要とされる国家資格(免許)「潜水士」とは相違する。ちなみに、大家は2017年12月に「潜水士資格も取得している。」

大家の持つ「アドバンスドオープンウォーターダイバー(AOW)」の場合、「バディーシステム」(2名以上のパートナーで お互いが相手側の安全を確認し合うシステム)を守りながら、海洋実習地と同等レベルのダイブサイトでリーダーレベルの引率無しにダイビングができる。
最大潜水深度(推奨深度)は 概ね30mないし40mであり、概ね18mと言われる「オープンウォーターダイバー」に比べて更に深くまで潜水することができる。

大家は AKB48加入前から既にCカードを所持していたが、加入後の2010年08月上旬に地元に帰郷し、更なる講習を経て AOWを取得した。


ちなみに …

ダイビングを行う場合、減圧症のリスクを少なくするために飛行機への搭乗について指導が行われている。
これは、高度飛行で機内気圧が0.8気圧程に低下するために体内の残留窒素が気泡化しやすくなり減圧症を発症するリスクが高くなるため。減圧症といえば、ダイビング中に体内に溶け込んだ窒素が浮上中・浮上後に気泡になって起こる病気のことだが、ダイビング後すぐに飛行機に乗った場合にもこの症状が起こるリスクが高くなる。

減圧症を完璧に予防する方法はないが、ガイドラインとして以下のような基準が提示されている。


民間飛行機(客室内気圧で高度600〜2,400m)に搭乗する際に、減圧症の危険性を少なくするための推奨手順ガイドライン

☆ 減圧不要限界内でダイビングをした後に搭乗するまでの待機時間
単一ダイビング(前のダイビングから6時間以上時間が経過した後の1回だけのダイビング)を行った後
⇒ 最低限12時間待機
反復ダイビングや、複数日程に渡りダイビングをした後
⇒ 最低限18時間待機

☆ 減圧停止を必要とするダイビングをした後に搭乗するまでの待機時間

    ⇒18時間より更に長い時間待機


☆ 飛行機を降りてからのダイビングの待機時間
窒素の吸収・排出からの観点からは問題無いものの、機内の乾燥による脱水状態により血液の循環が悪くなる為に窒素の排出を妨げる場合があるので、充分な水分補給が必要。また疲労や時差ボケにより集中力が低下している場合は、ダイビングまでの時間を空けることが推奨される。

以上の事情により、飛行機での移動が必須の場合には、ダイビング仕事が入ると連泊することとなる。シュノーケリングの場合には減圧症リスクはほぼ無いので、スケジューリングの制約は少なくなる。



 
石田 晴香(いしだ はるか)

石田 晴香

1993年12月02日生まれの埼玉県出身。AKB48の5期生。
最終所属は AKB48 チームK。
所属事務所は、ホリプロ。
2016年03月30日、チームK公演でAKB48卒業を発表。卒業公演は2016年05月17日。最後の握手会は2016年06月05日。

ニックネームは「はるきゃん」だが、藤江れいなが「嫁」と呼ばれるのとセットで「旦那」とも呼ばれる。

反骨精神あふれるロックなハートを持つ。
妹キャラっぽい容姿をしていたが、意見をはっきり主張し、良くも悪くも自分を曲げない性格。
自分の感性に素直なので、ある意味損な性分。

研究生時代の長い冬を努力で打破した苦労人であり、5期の中では最も遅い昇格となった。昇格後も順調というわけにはいかず、高低の激しい時期を過ごすが、google+ 開始を機に再評価されはじめ、楽曲「ぐぐたすの空」では、センターに起用された。

2012年4月期に放送されたTVアニメ「AKB0048」では声優を務め(東雲彼方/護 役)、48グループの声優選抜で結成されたユニット「NO NAME」のメンバーとして主題歌「希望について」と「夢は何度も生まれ変わる」を歌唱し、CDデビューを果たした。2013年1月期に放送された「AKB0048 next stage」でも引き続き声優として参加。「NO NAME」としても2枚目のシングルを発売した。メンバーの過半数が48グループを卒業しているため、収録の「この涙を君に捧ぐ」と「主なきその声」は、事実上「NO NAME」最後のリリースとなる。
アニメの企画から生まれた「NO NAME」だが、その楽曲・メンバーに対する評価は非常に高く、数ある48グループの派生ユニットの中でも異色の存在となっている。

2013年03月13日〜、ニコニコミュージカル「千本桜」に、初音未來 役で出演。
2014年01月05日〜、テレビアニメ「ノブナガ・ザ・フール」に声優として出演。(ツェペッシュ・ビアンキ 役)




 
岩佐 美咲(いわさ みさき)

岩佐 美咲

1995年01月30日生まれの千葉県出身。AKB48の7期生。
最終所属は AKB48 チームB。
AKB48卒業後は、演歌歌手として活動中。
⇒ 長良グループの公式プロフィール

所属事務所は、プロダクション尾木を経て 長良プロダクション。
2016年01月30日、浅草公会堂で行われた「岩佐美咲ファーストコンサート 〜 無人駅から 新たなる出発の刻(とき)」においてAKB48卒業を発表。卒業公演は、2016年03月14日。最終の握手会は、2016年05月21日。

ニックネームは「わさみん」だが、メンバーには「わさ」「いわみん」などとも呼ばれる。最初期の「みっきー」は、大人の事情を考慮し取り下げた。

AKB48在籍中から歌手志望だった。
AKB加入前からダンスや歌唱のレッスンを受けており、加入時から既にその実力は高く評価されていた。しかしその実力も アイドルとしては矮小な一指標に過ぎず、人気の面では他の同期生同様に苦労を重ねており、かなり辛い想いをさせられている。
演歌歌手を志望したのも、そんな中で自身を見つめなおした上での結果である。小さい頃から祖父母の影響で演歌も聴いて育った岩佐にとって、それは大切なアイデンティティの構成要素だった。
歌唱の技巧は発展途上ではあるが、AKB48で数少ない「歌」が上手いと思われる人物の一人。小手先の技巧ではなく、先に「心」で歌うタイプ。

性格は極めてネガティブ。落ち込みやすく何かと卑下する傾向があり、内弁慶な性格。
メンバーと遊ぶこともあるが、一人で行動することも多い「自称ぼっち」。ネタとしてではあるが、安定の「ぼっち兄弟」の弟分を自称しており、田名部生来を「ぼっち兄貴」と呼んでいるのだが、実際には田名部ほど ぼっちではない模様。田名部とはコスプレ姿で歌を披露したこともある。(握手会イベントで「マクロスF」のシェリル&ランカで「ライオン」を熱唱 )
「ぼっちキャラ」の一方で ネットでは別人のように暴れる性格で、自分や他のメンバーのコメント欄で荒ぶることも多く、「ネット弁慶」を自称している。

大好物は、エビ&えび&海老。Twitterのヘッダー画像も海老。
そして白米らぶ。1日でも米を食べないとライスシックになる。なんなら冷蔵庫でカピカピしたくらいのが好き。
お米は堅め派。極限まで堅いのが好きで、炊いたご飯をラップして次の日にチンしてちょっと固まってる状態がベスト。なんなら、かぴかぴでもOKという硬派(個人的に共感w)。ただし、ご家族は皆やわらかふっくら派なので、堅めご飯は岩佐家の食卓には並ばない。と言いつつ、ふっくらご飯も好きではある。おこわとかおこげは神。

趣味は二次元関連。大好物といっても良い。その守備範囲はアニメ・マンガ・コスプレ・ボーカロイド・ゲームなど多岐にわたり、なかなかにマニアックな視点から語りを紡ぐことも度々。圧倒的多数を占める岩佐のファン層(年齢層の高い男性)にとっては置き去りを喰らうことも。
圧倒的に女性ファンが少ないのが悩みで、握手会等に積極的に来場する者は極めて少ないらしい。公演で控えめに口にした「みんなオレの女になれよ」という想いは、今後叶うのだろうか …

AKB48握手会の際には、よく藤江れいな(4期生)と間違えられていた。逆に藤江れいなも岩佐に間違えられることが多く、「演歌頑張ってください」などと声をかけられていた。

好きなメンバーに過剰に懐く「ウザかわいい」キャラとしても知られているが、特に大家には懐いている。
苦悩の研究生時代を支えあった「ネガティブ思考」同士でもあり、消息不明になることの多い大家の無事を知らせてくれた、とってもありがたいメンバーでもある。また、大家とは「私たちにはメイクがあるじゃないか」と励ましあった仲でもあり、一緒に連れだってストリートライブに出かけたこともある。
大家いわく「わさみんは友だちなんかじゃない。天使やな(笑)」。
そんな「天使」の岩佐だが、実のところは、小っちゃい女の子が大好きな「天使が大好きな天使」でもある。

伝統を重んじる(印象のある)演歌界では稀有な存在だが、岩佐の持ち味でもあるヲタク臭は、昨今大人たちに抑圧されつつある模様。不要な伝統を打ち破り、大切な伝統を継承する「演歌界中興の祖」として期待したい逸材だが、何かと その道のりは長く険しそうである。

2012年11月14日、「第45回日本有線大賞」(全国有線音楽放送協会主催)で「新人賞」を受賞。また、デビュー曲「無人駅」で「ロングリクエスト賞」も受賞した。

2013年07月19日、「しーちゃんハートホスピタル(CHH)」に加入が認められる。



【 ソロリリース・ソロコンサート情報 】

2012年02月01日
AKB初の演歌歌手としてソロデビュー。1stソロシングル「無人駅」をリリース。
2012年11月14日
「第45回日本有線大賞」(全国有線音楽放送協会主催)で「新人賞」を受賞。また、デビュー曲「無人駅」で「ロングリクエスト賞」も受賞した。
2013年01月09日
2nd ソロシングル「もしも私が空に住んでいたら」をリリース。
2013年11月06日
演歌・歌謡曲カバーアルバム「リクエスト・カバーズ」をリリース。
2014年01月08日
3rd ソロシングル「鞆の浦慕情」(とものうらぼじょう)をリリース。オリコン週間総合シングルランキング1位を獲得し(2014/1/20付)、10代の演歌アーティストとしては、27年7ヵ月ぶり。また、シングルのTOP10入りは、3作連続となり、女性演歌・歌謡アーティストでは、実に40年11ヵ月ぶりの快挙を成し遂げた。
2015年04月29日
4th ソロシングル「初酒」(はつざけ)をリリース。
2016年01月06日
5th ソロシングル「ごめんね東京」をリリース。
2016年01月30日
岩佐美咲ファーストコンサート開催。タイトルは 「〜 無人駅から 新たなる出発の刻(とき)〜」。会場は、浅草公会堂。この日、AKB48からの卒業を発表。
2016年03月14日
AKB48卒業公演。
2016年05月21日
AKB48での最後の握手会。
2016年06月29日
DVD/Blu-ray「岩佐美咲ファーストコンサート 〜 無人駅から新たなる出発の刻 〜」をリリース。
2016年11月30日
シングル曲・カバー曲収録アルバム「美咲めぐり〜第1章〜」をリリース。
2017年01月10日
6th ソロシングル「鯖街道」をリリース。
2017年01月29日
岩佐美咲2ndコンサート開催。タイトルは「〜 熱唱! 時代を結ぶ 演歌への道 〜」。会場は、浅草公会堂。
2017年02月11日
岩佐美咲1st写真集「わさみん」を発売。(三才ブックス)
2017年05月17日
DVD/Blu-ray「岩佐美咲2ndコンサート 〜 熱唱! 時代を結ぶ 演歌への道 〜」をリリース。
2017年07月22日
2017年07月23日
岩佐美咲3rdコンサート開催。タイトルは「〜 笑顔・心・感謝で繋ぐ...至福の2日間 〜」。会場は、よみうり大手町ホール。
2017年10月25日
DVD/Blu-ray「岩佐美咲3rdコンサート 〜 笑顔・心・感謝で繋ぐ...至福の2日間 〜」をリリース。
2018年02月04日
岩佐美咲4thコンサート開催。タイトルは「岩佐美咲コンサート2018 〜 演歌で伝える未来のカタチ 〜」。会場は、恵比寿ザ・ガーデンホール。
2018年02月27日
7th ソロシングル「佐渡の鬼太鼓」(読み:さどのおんでこ)をリリース。
2019年01月26日
岩佐美咲ソロコンサート開催。タイトルは「岩佐美咲コンサート2019〜世代を超えて受け継がれる音楽の力〜」。会場は、東京キネマ倶楽部。
2019年02月13日
8th ソロシングル「恋の終わり三軒茶屋」をリリース。
2019年05月29日
DVD/Blu-ray「岩佐美咲コンサート2019〜世代を超えて受け継がれる音楽の力〜」をリリース。
2019年11月06日
2ndアルバム「美咲めぐり〜第2章〜」をリリース。
2020年04月22日
9th ソロシングル「右手と左手のブルース」をリリース。




 
内田 眞由美(うちだ まゆみ)

内田 眞由美

1993年12月27日生まれの東京都出身。AKB48の5期生。
最終所属は AKB48 チームK。
(チームBへの異動が発表されていたが、新チームが始動する前に卒業)
所属事務所は、Mousaを経て AKS。
2014年04月29日「焼肉IWA」をオープン。
2015年10月にAKB48卒業。
2017年04月より、制作・マネジメント会社「ラナビオン」に所属。

2015年08月07日、握手会会場にてAKB48卒業を発表。2015年08月22日、卒業公演。2015年10月25日の握手会をもってAKB48としての活動を終了した。卒業後は芸能活動と経営者としての仕事の両方を行う。

ニックネームは「内田さん」だが、「うっちー」「まゆち」などとも呼ばれる。コント番組出演時の岩に扮した姿が好評を博しており、「岩」と呼ばれることも多い。

初代じゃんけん大会王者。「チャンスの順番」でセンターを務めた。
歌が好き。
良くも悪くも直情型。激しく気の強い、焼肉屋の娘。
特技は、水泳、極真空手、サッカー。かなりの読書家でもある。
同期の石田晴香同様 長い研究生時代を過ごし、当時は大家とともに研究生公演の大黒柱としての存在だった。

2013年02月22日、フォトエッセイ「岩にしみいる “内田さん” の声」を発売。
2014年01月31日、完全自筆の恋愛短編集「言えない恋心」を出版。
2014年04月29日、新宿に「焼肉IWA」をオープン。オーナーとアイドルの二足のわらじを履くことに。

大家宅に遊びに行った時のエピソード …
マンションについたら電話をするよう言われていた内田。
マンションについて大家に電話をした内田だったが、大家がなかなか現れない。
そのころ内田を探していた大家は、全然違うマンションのエントランスで「これ以上ないドヤ顔」で大家を待つ内田を発見していた …
という、そんな自信満々な内田さんのお話。




 
梅田 彩佳(うめだ あやか)

梅田 彩佳

1989年01月03日生まれの福岡県出身。AKB48の2期生。
最終所属は NMB48チームBU。
所属事務所は、フレイヴ エンターテインメント。
ニックネームは「うめちゃん」。

2016年01月23日、TOKYO DOME CITY HALLで開催された『AKB48グループ リクエストアワー セットリストベスト100 2016』において、グループからの卒業を発表した。2016年03月20日、NMB48劇場で卒業公演。2016年03月31日、ZeppNAMBAでの NMB48 Live House Tour 2016 FINAL in 大阪 夜公演」が卒業コンサートとなった。

長年AKB48メンバーとして活動してきたが、2014年04月にNMB48へ完全移籍。所属はNMB48チームBUで、副キャプテンに就任。この移籍は、2014年02月24日に行われた「AKB48グループ 大組閣祭り〜時代は変わる。だけど、僕らは前しか向かねえ!〜」での発表に基づくもの。

移籍直前は、大家も所属した3代目チームB(梅田チームB)キャプテンとしてメンバーをまとめていた。


東京在住もそこそこ長いのだが、いまだに北九州弁を使う。多少薄れてきてはいるが、その訛りは健在。福岡出身ということで博多弁だと思われているが、別物。ただ、博多で仕事をしていたこともあるので博多弁ぽいしゃべり方をするときもある。ラジオ番組で大家の使う宗像弁との微妙な差異に盛り上がったこともあり、出身地の方言への愛着は深いらしい。

重度のテレビっ子で、とにかくテレビを観るのが大好き。好奇心が旺盛。
街で会ったら気づいてほしいタイプで、是非声をかけてほしいとのこと。知名度が極めて低かったころは、街の人に声をかけてもらいたくて渋谷界隈を歩き回っていたこともある。

実家を出て独り暮らしなわりには料理が苦手。事あるごとに「料理もしなきゃ」と言っているが、以前 包丁を錆びつかせた頃に比べ料理の腕前が進歩したという話は聞こえてこない。
自宅に帰ると靴下のにおいをかぐのが習慣。靴下が臭いと「その日一日がんばった」ということを実感できるから、臭いをかぐのが好きなのだとか。

AKB加入以前からダンススクールでレッスンを続けており、高校でもダンス部に在籍していた。加入前に数十社に及ぶオーディションを経験したのち、AKBのオーディションに合格。加入後は、持ち前のダンススキルで チームのパフォーマンスの向上に寄与した。小柄であるため、ダンスを大きく見せるためのあらゆる工夫・努力を惜しまない。単なる振り付けに留まらず カッコよく身体を利かせるダンスは、本職のダンサーにも評価されている。

劇場デビューしてしばらく経ったころ、脚の疲労骨折が判明する。劇場公演を続けるも状態は悪化。治療のため東京を離れ、福岡の実家で療養期間を過ごすこととなる。その間、福岡ローカル番組のレポーターとして活動した。そして一年半の療養を経て復帰。失意の底から舞い戻った梅田は、徐々に認知度を上げていった。

元々はかなり肩ひじ張った、どちらかというとギスギスした性格だったが、闘病・療養期間を経て、現在のような柔らかな性格になった。福岡で家族や番組共演者の想いに触れ、かなり劇的に心境が変わったらしい。この変化が梅田にもたらした効用は極めて大きく、仕事現場での状況も好転させた。
もちろん性格と顔つきが柔らかくなったとはいえ、自分にストイックな点が変わったわけではない。

ただ、この復帰劇は梅田に焦点をあてる出来事ではあったものの、梅田自身はそのイメージから脱却して新しい自分を提示したいと考えており、2011年結成のユニット「DiVA」は、その絶好の機会となった。しかし、DiVAメンバー2名のAKB卒業に際し、現在のユニット活動は不透明。ユニットとしては事実上の活動停止状態であったが、2014年03月14日、新曲「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーブメント」のミュージックビデオが配信される。

自称「シスコン」で、妹に甘い。メンバーに対しても妹的存在には甘くなってしまうらしい。
特に同郷であることがキッカケで仲良くなった野中美郷を溺愛しているが、野中の家族と食事をした際には、貴重な「彼氏気分」を味わったという。なんとも男目線なんだか女目線なんだか分からないが、愛ある人であるのは間違いない。

AKB以外の社会を知らずに育った大多数のメンバーの中にあって、バイト経験がある数少ないメンバー。
AKB加入前に地元のそば屋でアルバイトしており、仕事中でも「暇さえあればダンスを踊っていた」という働き手としてはちょっとばかり困った従業員だったが、後年、番組のロケで再訪し店を紹介、ちょっとした恩返しをした。

2014年04月04日より、「Broadway Musical IN THE HEIGHTS イン・ザ・ハイツ」に出演。
2014年04月22日、NMB48チームBU初日公演をもって NMB48メンバーとしての活動を開始。
2014年04月23日、3代目チームB(梅田チームB)公演の千秋楽をもって AKB48としての活動を終了。
2015年03月07日より、「ウィズ〜オズの魔法使い〜」に、田野優花とともに W主演で出演。










 
【 か行 】



 
北原 里英(きたはら りえ)

北原 里英

女優。
代表作は、映画「サニー/32」主演:藤井赤理 役(2018年02月17日/日活) など。

1991年06月24日生まれの愛知県出身。AKB48の5期生。
2015年10月01日に新潟に新設された「NGT48」の初代キャプテン。

AKB48での最終所属は、チームK。
所属事務所は、太田プロダクション。
NGT48への移籍前は、チームK副キャプテンとしてキャプテン横山由依をサポートする立場にいた。

2015年03月26日に開催された「AKB48春の単独コンサート〜ジキソー未だ修行中!〜」で、2015年10月01日に新潟に新設される「NGT48」へ移籍してキャプテンを務めることが発表された。

2017年08月21日、新潟市歴史博物館(みなとぴあ)で行われた「NGT48 お披露目2周年スペシャルLIVE 〜みなとまち新潟をもりあげちゃいます!〜」で、48Gからの卒業を発表した。2018年03月01日、秋葉原で「北原里英AKB48劇場最終公演 地方組&5期生10周年特別公演 〜大人になっても、全力でやらなきゃダメじゃん!〜」が開催され、大家も出演。2018年04月14日、新潟・朱鷺メッセにて「北原里英卒業コンサート〜夢の1115日 新潟の女になりました!〜」開催。2018年04月18日、新潟・NGT48劇場にて卒業公演「北原里英 NGT48劇場 卒業公演 〜最後まで、みんなのために〜」開催。同日をもって48Gの活動を終了した。

卒業後は女優の道へ。



元祖地方組 のメンバー。
大家と同期であると誤解されがちだが、大家は1期先輩の4期。

ニックネームは「きたりえ」だが、メンバー内からは「りえちゃん」「りえこ」などと呼ばれることも多い。ちなみに大家は「りえこ」または「きたはら」と呼ぶ。

劇場デビュー後数年は、指原とともに「次世代エース候補」と呼ばれ、以降AKBでは「次世代」を唱えるのが様式美のようになった。具体的な機能を帯びた呼称ではないのだが、本人は「永遠の次期エース」を目指すともコメントしている。

性格の基本はネガティブ。そして妄想が大好き。
一時期 詩を書くことにはまっており、脚本や構成作家にも興味があったらしい。イベントでのミニ芝居の台本を何度か書いており、太田プロのメンバーで結成した「Not Yet」では、自身で作詞した楽曲も披露している。
よく優等生と称されることが多いが、本人によると「オールジャンルできるが、パッとしない。秀でているものがない」とのこと。トップを狙うというよりも、中堅で足場を固めるという点に重点を置いており、いろんな意味で安定感を誇っている。

パッと見には分かりにくいが、かなりの熱血漢。
集団で何かを作り上げることが好きで、一致団結の一体感が好き。とはいえ、自らがリーダーシップをとるのを好むわけではなく、3番手以降のサポーター役が性に合っているらしい。「全力で支える」という言葉をしばしば使っており、SKE48との兼任期間中に 盟友・中西優香がSKE48のリーダーに指名された際にも「全力で支える」という決意を語った。ただ、逆に言うと「一致団結」の輪を乱す者は嫌いで、そういう者を見ると かなり憤慨するらしい。

そして涙もろい。
とにかく情熱的で、喜ぶ時も悲しむときも全力で泣く。

泣くといえば、こんなエピソードがある。

普段から自分のことをブサイクだと攻め続けていた北原。
ネット上で容姿を叩かれることも多く、かなり気にしていた。
そんなさなか開催された某企画の密着撮影。
人見知りの北原は当初カメラを避けていたのだが、
カメラマンと会話するうちに「自分をブサイクと言うのをやめる」と言い出した。
密着カメラマンのようすを見て、思いいたるところがあったのだ。
密着の撮影中、自分の娘と同じ年頃の北原が自身を「ブサイク」だと責めているのを見て、
つい悲しげな表情になってしまったカメラマン。
そして、その悲しげな表情を見た北原。
自分の容姿を自分で責めたてることは、自分の親に申し訳ないと思ったらしい。
カメラマンに「悲しい想いをさせてしまってすいませんでした」と詫び、
「そう思わせてくれてありがとうございました」と、涙する北原。
カメラマンも、もらい泣き。
この後に控えたイベント本番のことが吹き飛ぶ勢いであった。
ちなみに北原は、後日ほかのインタビューに応えて、この日を「気持ちの変化がいっぱいあった日」と振り返っている。


長らく容姿にコンプレックスを抱え、美容院に行くたびに悔しくて泣いていたほどだったが、現在はポジティブに考えるようになってきており、ある程度まではネタとして自己昇華している模様。当初毛嫌いしていた「ウナギイヌ」「ウナギ」という呼称も、今では自分でネタにするようになった。

普段は穏やかな性格の北原だが、その性格を反転させるポイントがいくつかある。
「団結という言葉をバカにする」「面白くないと言う」「お腹がすいた状態を強いる」というこの3点が主なもの。
特にお腹がすいた時のヤサグレ感はメンバーの間でも有名で、別人のようになるらしい。同時に美味しそうに食べることでも知られ、食事中の笑顔は48グループ随一と言って良い。北原のパソコンに「しあわせ」と入力して画像変換したら、きっと北原がご飯をほおばる姿が出てくるに違いない。


イベントごとに対する思い入れは強く、それを非常に大事にする。
大家と同居していた際の、こんなエピソードがある。

クリスマスの前夜に「明日の朝、仕事前にコンビニでチキン買ってきて食べようね」と言われた大家。
「あーオーケイオーケイ」と軽く答えていたのだが、その翌朝。
北原に「起きて、チキン買い行くよ」と起こされたところ、「ちょ眠い!」と塩対応してしまう。
大家とチキンを買いに行くのを一大イベントのように楽しみにしていた北原は、無言で激怒。
結局その日はずっと気まずいまま過ごしたのだが、
大家が「なに怒っとん?」と尋ねたところ、
「私にはめっちゃ大切なことだったのに、しーちゃんはどうでもいい感じで」と拗ねる北原。
振り返ってみればただの痴話ゲンカというわけだったのだが、
「イベントなんかどうでもいい」派の大家と「イベントはとっても大事」派の北原が、
はじめてケンカしたという、なんとも甘酸っぱいエピソード。

ちなみにこの件以外で、二人がケンカしたことは今のところないらしい。

ただ、他人と風呂に入りたがらない大家が他のメンバーと岩盤浴に行った時には、北原が最大限のヤキモチを発現した。「私とは風呂に入らないのに…」と嫉妬に荒れた北原をなだめるため大家は北原と入浴することとなり、照明を消しロウソクの明かりだけでその時を過ごした。

大家とのエピソードでは、ほかに「なんかきた」のエピソードなどが有名。
通常は北原が一方的に大家にラブコールを送っている様子に見えるが、実は大家にとっての北原の存在は大家本人すら気づかなかったほどに大きなものらしく、北原がレギュラー番組で他人と同居生活を送っていた時には、あまりの嫉妬心から番組を観れなくなってしまったほど。その初回放送に多大なショックを受けてしまった大家は、北原の番組卒業までその番組を視聴することはなかった。

大家とは上京当初からの仲良しで、指原 家とともに家族ぐるみで仲良し。なにせ互いの実家に相手の娘のグッズが飾られているくらい。しかも実の娘のグッズよりスペース取ってるという状況。上京直後から、地方組 の共同生活を経て、約2年間ルームシェアしていた。その後お互いに一人暮らしを始めた時も、マンションの隣部屋同士で住んでいた。




 
倉持 明日香(くらもち あすか)

倉持 明日香

1989年09月11日生まれの神奈川県出身。AKB48の4期生。
2015年07月19日、サンケイスポーツ誌上でAKB48卒業を発表。卒業公演は同年08月17日。卒業後はスポーツキャスターを目指し活動中。

最終所属は AKB48 チームB所属。
所属事務所は、大家と同じワタナベエンターテインメント。
卒業直前までチームBキャプテンとしてチームをまとめる。
大家の同期。
よく7期生と間違えられる大家とは逆に、「2期生感」あふれる貫録の持ち主。

ニックネームは「もっちぃ」だが、「もちくら」「あすか」「けろちゃん」などとも呼ばれる。ちなみに大家による呼称は、特に定まっていない。

非常に温厚な性格で、基本的に他人に怒ることはあまりない。松原夏海の「えっ何で怒ってんの? 笑ってる方が楽しいじゃん」という言葉を聞き、怒る事や悩む事は少なくなったらしい。

メンバーの二の腕をハーモニカのように吸ったり、耳たぶを触ったり噛んだりする癖があり、「耳た部部長」「耳ソムリエ」を自称する。そのため「ちょっと変態」というキャラが定着している。メンバーに独自のニックネームを付けて呼ぶことが多く、初心者には分かりづらい呼称を用いている。

お寿司で言ったら「ガリ」みたいな存在になりたいという。絶対においてある存在で、ずっといる存在。みんなの目に留まっていつつも、注目してる人がいたり、そうでない人もいる、そんな存在になりたいのだとか。

大家が彼女にしたいと思うメンバー。
大家宅に泊まった際、お互いどういうポジションで寝るかということで話がつかず、結局なんとも不自然な体勢で寝たというエピソードがある。そのときは結局、後ろで寝る大家の耳を触りながら寝たらしい。




 
小森 美果(こもり みか)

小森 美果

1994年07月19日生まれの愛知県出身。AKB48の7期生。
現在は芸能活動を終了しており、最終所属チームは、AKB48 チームB。
卒業後2014年12月24日に入籍。2015年に第一子を出産。
地方組 のメンバーでもある。

ニックネームは「こもりん」だが、メンバーからは「こもり」と呼ばれることが多い。ちなみに大家も「こもり」と呼んでいる。

性格不詳。
超天然の不思議ちゃん。一見 非常に穏やかな性格に見えるが、一度しゃべりだすと際限なくしゃべる。暴走しだすと会話を成立させるのがなかなか困難な場合があり、テンパると極端に言葉遣いが悪くなる。

知らない人に対しては人見知りであるが、慣れてくると様相が一変し、饒舌になる。AKB加入当初は人見知りしていたが、指原が声をかけるようになってからは打ち解けるように。地方組に加わるようになると「実は小森は面白い」ということが定着していき、「地方組ラップ」などでの暴れ具合が広まると、「不思議+暴走」が、小森のキャラとして確立した。
2011年以降、「渡り廊下走り隊7」の活動が多くなるにつれ、同年代のメンバーや後輩とも行動を共にすることが多くなっていった。野球とプロレスが好きで、とくにプロレスは仕事にもつながっている。

人知れず生真面目でナイーブなところもあり、AKBをやめることを考えたこともあったが、辛口の姉と甘口の兄に支えられて踏みとどまった。
2013年05月09日、劇場公演にて卒業を発表。卒業公演は2013年06月03日。卒業は2013年07月07日。そして、2013年08月20日をもって、芸能活動を終了した。最後の仕事は「松原夏海の723チャレンジ!」生放送。
2015年03月31日、「723チャレンジ!」最終回に 大家ともどもゲストの一人として登場。


卒業後もメンバーのSNSに時々名前が挙がることがある。2013年12月13日深夜のオールナイトニッポンにて、指原のリクエストに応えボイスメッセージを寄せ、極短時間ではあるが相変わらずの小森節を披露した。

大家とのエピソードとしては、「地方組ラップ」でのはじけ具合や、お蕎麦の出前ロケでの泣きっぷりなどが有名。
AKB冠番組での動画では、大家宅での地方組による卒業式の模様も公開された。










 
【 さ行 】



 
指原 莉乃(さしはら りの)

指原 莉乃

1992年11月21日生まれの大分県出身。AKB48の5期生。

福岡を拠点とする HKT48 チームHの元メンバーであり、在籍当時は尾崎充とともに HKT48劇場支配人を兼務したプレイングマネージャーでもあった。元号が「平成」から「令和」に変わる時期に 48グループから卒業。

女性声優アイドルグループ「=LOVE」(イコールラブ)のプロデューサー。
TV番組「ラストアイドル」企画内で「Someday Somewhere」をプロデュース。
作詞の際は自身のエピソードを直接的に盛り込まず、外的に得たインスピレーションを基に制作する。(2018年04月19日の発言より)

AKB48選抜総選挙で、史上唯一「首位連覇」を成し遂げたメンバー。首位を獲得したのは、2013年・2015年・2016年・2017年の4回。なお、2018年開催時は、前年の宣言通り参加を辞退。

2019年04月28日、横浜スタジアムで「指原莉乃 卒業コンサート 〜さよなら、指原莉乃〜」を開催し、同日をもってHKT48を卒業(48グループからも卒業)。卒業後の 2019年05月28日、マリンメッセ福岡で「指原莉乃大感謝祭」を開催。


所属事務所は、太田プロダクション。
また、元祖地方組 のメンバーでもある。
大家と同期であると誤解されがちだが、大家は1期先輩の4期。

ニックネームは「さっしー」だが、「さしこ」と呼ばれることも多い。自身の冠番組であった「さしこのくせに」もそこから命名されている。ちなみに大家は「さしはら」もしくは「りのちゃん」と呼ぶ。

劇場デビュー後数年は、北原とともに「次世代エース候補」と呼ばれたが、「へたれ」というイメージが定着してからは、正統派というよりもバラエティ路線での起用が目立つようになった。
元は番組ロケでバンジージャンプを2度に渡り飛べなかったことが原因だが、あまりにも「へたれ」のイメージが広まってしまったため、本人はかなり苦悩していた。
メンバーとして慣れてきて以降は、事あるごとにいろんなメンバーのエピソードを細々と披露しており、時には褒めあげ、時には突っ込み、特に有名ではないメンバーの認知度向上に寄与した。

性格の基本はネガティブ。
現在の自信に満ちた姿からは想像しにくい高低差だが、
かといって彼女にとってはどちらも矛盾した要素ではない模様。
目立つことが苦手であるが、みんなと同じじゃなきゃいけない雰囲気も苦手。
規則通りの生活と閉塞感に、幼いころから疑問を抱いて生きてきた。

筋金入りのアイドルヲタクとして知られる。
大分に居た頃は、「モーニング娘。」を入口に、ハロープロジェクトのヲタ活動に心血を注ぐ本格的なヲタだった。AKBの番組でもヲタ芸を披露しており、「アイドルヲタクのアイドル」として、指原の認知度を上げる一因ともなった。
さらに、ソロデビューを果たした後には、自身がプロデュースするアイドルイベントまで行っている。

大分時代を知る者は、指原を「すごくやさしい」と評する者が多い。周囲への目配りも良くしており、面倒見も良かったらしい。ただ本人はそんな自分の行為を「あくまで偽善」と言い切る。
「私は、ただ側にいるだけ。大したことはしない。できることしかしない …。障害を治してあげようとか、一生手助けしてあげようとは思わない。いじめられているコがいたら、いつも側にいてあげるけど、そこから救い出そうと闘ったりはしない。だから偽善。私は偽善者なんです。自分でもそれをわかっているから、せめてできることはしてあげるっていうだけ。そんな、… 美談じゃない」
「できることしかしない」という指原。自分を偽善者と断じる潔さと覚悟は、彼女の心のコアを形づくる原点であるらしい。彼女は自分の偽善に見返りらしいものを求めないのだ。世の中には「善意という衣を着た偽善」が横行しているというのに、彼女が自分の行う偽善に求める見返りは「自己満足」なのである。彼女の言う「できること」がどれだけの価値を持っていて、それを実行するのがどれだけ困難なことなのか、彼女には自覚がないらしい。

「泣き虫」「へたれ」イメージの強い指原だが、自分の悩みなどについては多くを語らない。もちろん弱音はたくさん吐いてきたようだが、本当にしんどい部分については語らないらしい。それは地方組に対してもそうであり、いかに心を許している人に対しても、それは徹底されている。中学時代、長期に渡りいじめにあっていた時にも「心配されるのがめんどくさい」と、誰にも話さなかった。文春スクープの直前のコンサート会場で、指原の異常を察知した大家にすら事情を語ることはしなかった。( さすがに高橋みなみには報告したが )

長らく容姿にコンプレックスを抱えていた指原だが、総選挙で9位になったことをキッカケに自虐的なことを言わないようになった。9位の自分が自虐的であれば「AKB全体が可愛くない」と思われてしまうから、と、考え直したらしい。

HKT48に移籍となった後、数々のバラエティ番組で活躍する一方、独自の手腕でメンバーをまとめつつグループの組織固めに努めた。指原の加入後HKT48は急激に知名度と人気を上げ、デビューシングルは新人としては驚異的な売り上げを上げた。これは指原の知名度がもたらした効果というより、指原の「できることをやる」の結果、各メンバーが各々の魅力を向上させた結果と言った方が正解であろう。ただ、自称偽善者の彼女は「やれることだけをやっただけで、なにもしていない」と、そう謙遜するのかもしれないが …
とはいえ、やってきたことについては十二分に自信を持ってはいるようであり、それが彼女の強さでもあるのだろう。

2012年10月17日リリースの 指原莉乃 with アンリレ 名義「意気地なしマスカレード」Type-D(劇場盤)mu-moショップ限定盤(現在は販売終了)に収録されている「遠い街へ」で初めて作詞を行った。その中で、同じ地方組の大家志津香をモデルに、その内心を綴っている。

2013年には、SKE48松村香織(当時・終身名誉研究生)ソロデビューにあたり、曲選定・アレンジ発注・作詞を含むプロデュースを行った。曲名は「マツムラブ!」。

2014年から始まったHKT48のコンサートツアー『HKT48 九州7県ツアー 〜可愛い子には旅をさせよ〜』以降、セットリストの考案も担当。2015年にかけて行われた『HKT48 全国ツアー 〜全国統一終わっとらんけん〜』でも手腕を発揮し、「ライブが楽しいHKT」を定着させる上で大きな原動力となった。

2015年04月08日〜23日、東京・明治座にて「HKT48 指原莉乃座長公演」を開催。明治座の創業は、1873年(明治06年)。140年以上の明治座の歴史において女性アイドルグループが単独で公演を行うのは初のことであったが、座長として一座を牽引。2015年08月15日〜31日には福岡に凱旋し、博多座にて「HKT48 指原莉乃座長公演」を開催した。

2016年01月29日公開の映画「DOCUMENTARY of HKT48」では監督を務め、東宝史上最年少女性監督となる。


指原と大家の初遭遇は、実は大家がAKB48のオーディションを受ける以前のこと。
2007年03月18日、福岡国際会議場メインホールで行われた「春のちょっとだけ全国ツアー 〜 まだまだだぜAKB48!」の会場であった。会場に一人でいた指原のいでたちは「セーラー服姿に佐藤由加理の写真を肩からズラリと吊り下げた」という独特のもので、大家いわく「キモチ悪い」ものであったらしい。
ちなみにこのとき、大家は推しメンであった小林香菜のウチワを手に参戦しており、会場で知り合った女の子のファンと「その場のノリ」でオーディションを受けることを決めている。

地方組の共同生活が始まったころの大家とのエピソード。
大家は指原の様子をみて「この子は人生について語りたい顔をしている」と思ったそうで、「人生について語りましょう」と声をかけた。


指原莉乃の記憶力や引き出しの検索能力は実に高く、何気ない会話の中にメンバーの付帯情報やエピソード等を瞬時に織り交ぜていく。その反射神経と会話を広げていく能力は、他のメンバーの追随を許さぬほど。たとえば、HKT48の冠番組で見せたイルカの調教師に関するコメントなどは大家志津香の体験を元ネタにしていると思われるが、その細かいところをさりげなく瞬時に差し込む反射神経は、おおよそアイドルらしからぬ力量を感じさせる。

ネガティブな印象が強かった指原だが、年を経るにしたがい自信に満ちた様相へと一変。本人の言によると 実は自身の人生を存分に楽しんでおり、自身の生き様には満足しているようである。


2018年12月15日に開催された「HKT48コンサート in 東京ドームシティホール 〜今こそ団結!ガンガン行くぜ8年目!〜」にて、グループからの卒業を発表。同時に卒業コンサートの日程なども発表された。以下、本人より。『卒業コンサートは 4月28日に、ちょっとびっくりすると思う、横浜スタジアムで。福岡の皆さんとのご挨拶は、アイドルを卒業したあとに 5月28日に福岡マリンメッセで『指原莉乃大感謝祭』を行いたいと思います』




 
鈴木 まりや(すずき まりや)

鈴木 まりや

1991年04月29日生まれの埼玉県出身。元AKB48の7期生。
AKB48 最終所属は、チームK。

所属事務所は、ドレスコードを経て フレイヴ エンターテインメント。卒業後も同事務所に所属しつつ、女優活動を行う。

2012年11月01日、上海に設立されたSNH48に移籍。2014年02月24日、AKB48チームKとの兼任に。2016年06月10日、SNH48チームSIIとの兼任を解除され、AKB48チームK専任となる。

2017年02月09日、AKB48劇場公演にて卒業を発表。
卒業公演は、2017年04月30日「僕の太陽」公演。26歳の誕生日(04月29日)を目途にということで、この日を卒業日に決めた。最後の握手会は、2017年06月10日。劇場壁写真の取り外しは最後の握手会後に行われた。

ニックネームは「まりやんぬ」。「やんぬ」「やんぬさん」と呼ばれることもある。

自他ともに認める食いしん坊。「三時のおやつは まりやんぬ」のキャッチフレーズ通り、デザートづくりが得意で、特にティラミスの評価が高い。料理好きが嵩じて「食品衛生責任者」の資格を取ってしまった。資格といえば、他にも「ジェルネイル検定初級」を所持している。
食べることが大好きすぎて、食べることに夢中になると直前の会話内容も飛んでしまうほど。

元々女優志望であり、AKB48在籍時から度々映画や舞台に出演を続けていた。AKB48卒業後も、引き続き女優の道を歩み続けている。

マイペースの超天然娘。しかし、実は熟慮型の側面も持ち合わせており、とらえどころのなさげな雰囲気を醸し出している。他人とは少しズレた独特の感性を持つが、それが独特な魅力を後押ししている。

キャラ立ちしているようではあるが、なかなか広く知られる機会がないところが残念なところ。2013年07月27日には自身の google+で謎のあらぶり具合を発揮し、その真骨頂を見せた。一連の流れの中で書かれた「欲しいもの…それはほんとに欲しいものなのか。。」が深い。
…と思われるのだが、当人が2017年04月30日に自身のTwitterで述べたところによると、この発言は『深いようで全然深くない』のだとか。ただ、それでも常人目線で考えれば、やはり深いと思わざるを得ない。

野球好きで、プロ野球では 北海道日本ハムファイターズのファン。プロ野球観戦のみならず、高校野球の観戦にも足を運ぶ。

ふわふわしたマイペースのイメージが強いが、正義感が強い一面もある。
2013年07月28日、高校野球の観戦中に女の子に嫌がらせをしている不審者を発見した際、その不審者の元におもむき謝罪させ、女の子から引きはがすという胆の据わった行動をみせた。周囲の大人たちも見て見ぬふりを決め込む中でのこの行動は、女性にとって危険な行動ではあったのだが、それほどまでにいたたまれぬ光景であったと述べている。この日、やわらかな表現ではあるが、世間に問題提起を行った。

かなりの機械オンチだが、2013年07月28日、音楽と画像管理のため PCの購入を決めた。
購入前にSNSで散々Macだなんだと大騒ぎしたが、購入を決めたのは何故かWindowsマシンだった。

ちなみに母親も美人。本人のSNSで公開された「ママやんぬ」の姿に、ネット上では驚きと感嘆の声が集まった。

CHH 最後の現役メンバーであった。(大家本人を除く)
研究生時代には行く先の読みにくい時代の苦楽を共に過ごした仲間で、大家宅をよく訪れていた。

人望が厚い一方で、長年にわたり後輩と接することに苦手意識を持っていた。しかし、ドラフト2期生の野村奈央を見て『自分がいないと生きていけなそうな雰囲気だった』ことをキッカケに持ち前の正義感が発動。結果、後輩としゃべれるようになった。

2017年04月30日の卒業公演の終盤には、既に卒業した同期の3人がサプライズで登場した。本人いわく『ピアニスト(松井咲子)・演歌歌手(岩佐美佐)・一児の母(小森美果)が来てくれました』。その後、岩佐美咲の仕切りで「鈴木まりや生誕祭」がスタート。前日に26歳の誕生日を迎えた鈴木を祝った。松井咲子による代読で、中田ちさとからの手紙が届けられた。最後の曲は『青春と気づかないままに』。最後のあいさつは、『最後まで笑顔で卒業するという目標を達成できました』(実際には泣いていたのだが) 当人の人柄を示すような和やかな卒業公演となった。

卒業公演の後には、卒業&誕生祝いの宴を開催。参加者は、鈴木まりや・中田ちさと・田名部生来・倉持明日香・大家志津香・小森美果・北原里英・岩佐美咲・松井咲子・野中美郷。実は、鈴木まりや自身が店の予約からお祝いプレートの手配までを行うという、茶目っ気たっぷりの宴であった。後日明らかになった本人から参加メンバーへの案内は、以下の内容。『○○○○で予約してるので先にみなさん行っててください! お誕生日のサプライズプレートは注文済みです! まりやんぬHappy Birth Dayのメッセージにしてもらいました! 電話で明日誕生日の子がいるんですけどサプライズでケーキ用意できますかってゆってる本人が誕生日のサプライズの本人だとは店員さんも気づいてないだろうな。店員さんへのサプライズ。』




 
セルフプロデュース

AKBのメンバーにとって、セルフプロデュースは必須事項。
既定のレッスンを除けば、それのみが生命線ともいえる。

AKBの運営はグループをプロデュースするのがお仕事であって、メンバーをプロデュースすることはない。
そういう方針をとっている。

運営は才能や努力を拾ってくれるのではない。
個人が才能や努力によって成し遂げた「結果」や「成果」をのみ拾うのだ。
よって、セルフプロデュースで「独自」に「一定の結果」を出さない者は、
運営にとって使途がない、ということになる。

AKBはショーケースであると言われたりするが、
グループ全体の仕事についてはともかく、
自分という商品を売るのも、仕事をとってくるのも、基本的にはメンバー自身の仕事となっている。
運営の仕事は あくまでグループのプロデュース。
極論を言えば、
メンバーの自己プロデュースの結果で売れていった商品を、
それっぽくパッケージ化して外回りに行くこととも言える。
良い悪いではなくて、そういうビジネススタイルなのだ。

昭和の時代とは異なり、良くも悪くも道具が揃っている昨今であるが、
道具をどう使いこなすかということも、今どきのアイドルには求められているようである。

ちなみに大家自身が公言している通り、大家はセルフプロデュースが苦手である。
「私は自己プロデュースが下手だ! というよりも、こうした方がいいんだろうなと分かっている場合も変なプライドのせいでできない。葛藤はある!」と告白しているが、その葛藤はまだ先が長く根が深そうである。

セルフプロデュースは、日々の積み上げから形成されてゆくもの。
上記の告白は、いろんな場面で自身の準備不足を感じているが故の発言とも思われる。
奇抜なことをするのが「個性的」ってわけでもないし、
斬新なことをするのが「プロデュース」ってわけでもない。
ひたすら基礎や模倣を積み上げていって、それでもその枠をはみ出して溢れ出てしまうものこそが「個性」。
本人が納得する形で、そうした個性をセルフプロデュースできる時が早く来ることを祈念します。




 
潜水士(国家資格)

潜水士(国家資格)

労働安全衛生法の規定に基づき、潜水作業に従事する労働者に必要とされる国家資格(免許)を有する者。国家資格としての潜水士とは、「潜水作業に従事することができる人」のことを意味する。

大家は、2017年12月05日に行われた国家試験を経て、2017年12月12日に「潜水士」資格を取得した。

海(水)中等での事故を未然に防ぐことを狙いとした、労働安全衛生法第75条及び高気圧作業安全衛生規則第52〜55条を根拠として実施される国家資格を持ち、水中の作業に従事する者である。 潜水士は、労働安全衛生法第75条、高気圧作業安全衛生規則第52条に基づき、潜水士免許試験に合格した者に対し、都道府県労働局長が免許を付与する国家資格。

労働災害の防止など労働者の保護を目的とする免許であり、事業者はこの免許を持たない者を潜水作業に従事させてはならない。ただし、これは “業務として” 従事する者に関する規制であり、レジャー(趣味や遊び)などの目的で自発的に潜る者には適用されない。ダイビングスクールで発行される「Cカード」とは相違する。またダイビングリゾートに於いて、潜水士免許は通用せず「Cカード」が必要になる。これは潜水士免許試験では実技が行われていないが「Cカード」の取得に際しては実技講習が必ず実施されていることによるものと思われる。ちなみに、大家はAKB48加入前からCカードを取得しており、加入後に AOW も取得している。

潜水士免許が必要となる業務としては、潜水によるサルベージや水中掘削など大学や研究機関の学生・研究者が行う海洋生物の調査・採集、ダイビングスクールのインストラクター、海上自衛隊、海上保安庁の潜水士、警察・消防の水難救助隊がある。

潜水士の試験内容は、潜水業務、送気、潜降および浮上、高気圧障害、関係法令に関する事項で、すべて筆記試験で行われる。




 
総選挙

総選挙

48グループでいう総選挙とは「AKB48選抜総選挙」のことを指す。

AKB48シングル曲の選抜メンバーをファン投票により決定するイベントで、AKB48では2009年から行われている。レギュレーションは開催される年によって異なるが、AKB48以外の姉妹グループメンバーも参加する48グループの一大イベント。年に一度開催されており、大家は研究生時代の第1回から参加している。

おおむね毎年03月頃に開催の告知が行われ、06月頃に開票イベントが行われる。また、投票権の対象となるシングルCDが05月末頃に発売される。

総選挙の開票結果(順位)は、次回発売となる「AKB48シングル」での楽曲参加に、一度限り直接反映される。しかし、あくまでそのためのものなので、それ以降の「AKB48での選抜結果」や「各人が所属する姉妹グループでの待遇等」については、順位が直接的に反映されることは無い。

開始当初は光の当たらないメンバーにファンの力で光を与えることが可能な「希望のイベント」だったが、現在ではその様相も変化。過去の様々な経緯・いきさつから、総選挙に対する理解の仕方や思い入れの種類・熱量は様々な価値観に細分化されており、それはメンバー各人においても様々で、かつ、ファン各人においても様々。特にファンにおいては反応が様々で、全力で熱意と資金を注ぐ人もいれば、最上級の嫌悪感を持って批判する人もいる。当然ながら、漠然とどちらが良いとか悪いとかの極論で語れる問題ではないが、常に議論が起こる題目ではある。

そもそも「AKB48選抜総選挙」は一人一票である国政選挙や地方選挙とは根本的に異なり、投票権の封入されたCDをお金を掛けて複数枚購入すれば一人何票でも投票が可能。つまり、100人が1票ずつ入れても、1人が100票入れても、同じく100票とカウントされる。現在ではCD以外にも多種にわたる「投票権」が設定されていて、投票権を所持する者の投資金額と投資先によって票数が決定する仕組みになっている。

この点から「AKB48選抜総選挙」の実態は、明らかに「選挙」では無い。

強いて言えば「株主総会」での「議決権行使」に近いもので、この「呼称と実態の絶望的な乖離」が「AKB48選抜総選挙」に関する議論を複雑な状況に立たせている。

初めて開催された当時の「AKB48選抜総選挙」は「人気投票」という類のフレコミが行われていたが、実態は人気投票ではない。そもそも論で言えば、「何をもって『人気』と定義するか」という点についても解釈が多岐にわたる。誤解を恐れずに言えば、AKB48という枠組みにおける「メンバー各人の集金力の調査」であり「メンバー各人の商品力の調査」と言える。正確に言えば「そうした調査の一部」と言うべきなのだろうけども。


☆ AKB48 選抜総選挙 まめちしき雑談


トータルでは圏外であることが多い大家だが、初の通常シングル選抜入りを果たした2016年には、公式ガイドブックで「注目の101人」に取り上げられ、裏表紙(表4)にも登場した。

2017年にも、公式ガイドブックで「注目の100人」に取り上げられた。また、2016年の年末に行われた NHK紅白選抜 で 12位となった影響から、2017年版公式ガイドブックの表紙に、大家も登場している。写真は 2017年版公式ガイドブックの表表紙(表1)。

2018年は、記念すべき第10回目の開催となるため、海外の48グループ(JKT48・BNK48・TPE48)にも立候補権を付与。そのため、2018年の総選挙の名称は『AKB48 53rdシングル 世界選抜総選挙』に。また、その選抜メンバーは『世界選抜メンバー』という名称になった。さらに、第10回世界選抜総選挙記念枠(仮名)として、20名(81位〜100位)の新設枠が設置される。よって、100位までがランキング圏内となる。(ただし、2018年 JKT48メンバーは全員不参加となった)
大家は近年は圏外続きながらも、2018年の公式ガイドブックでも「超注目の100人」に取り上げられた。



ご注意

当サイト「大家志津香 勝手に応援サイト」は、選挙対策本部・生誕祭実行委員会などの一団とは一切関係のない組織です。混同なさらぬよう御注意ください。

当サイトでは大家志津香さんを応援する一環として AKB48世界選抜総選挙に関する情報を掲載していますが、総選挙対策専門の組織的な選対活動を行なっているわけではありません。総選挙対策の組織活動にも参加していませんし、SNSでリプライを送る活動等も行っておりません。単なる情報保管庫にすぎませんので、ご了承ください。混同された方から苦言等が寄せられることがございますが、無関係であるため「選対」に関する苦言等はお受けできません。





大家志津香の過去の最終開票結果は以下の通り。
第1回(2009年)圏外。(30位圏外)
第2回(2010年)圏外。(40位圏外)
第3回(2011年)29位となり、「抱きしめちゃいけない」に参加。
第4回(2012年)59位となり、「Show fight !」に参加。
第5回(2013年)圏外。(64位圏外)
第6回(2014年)圏外。(80位圏外)
第7回(2015年)圏外。(80位圏外)/ 速報80位となるも圏外。
第8回(2016年)圏外。(80位圏外)/ 速報72位となるも圏外。
第9回(2017年)圏外。(80位圏外)/ 速報は100位に未達(圏外)。
第10回(2018年)第10回世界選抜総選挙記念枠の100位となり、「○○○○○」に参加。

詳細は下表に記載。


★ 大家志津香 順位・票数の記録 ★ 〜 AKB48 選抜総選挙 〜
開催回数
開催年
選抜対象
シングル
速報順位
< 票数 >
最終順位
< 票数 >
当選枠人数
< 投票総数 >
最終候補者数
< 投票総数 >

2009年
13th
シングル
圏外 圏外 上位 30名 総人数 98名
??票 ??票 54,026票 ???票

2010年
17th
シングル
圏外 圏外 上位 40名 総人数 104名
??票 ??票 354,074票 377,786票

2011年
22nd
シングル
32位 29位 上位 40名 総人数 150名
904票 7,264票 1,081,322票 1,166,145票
4
2012年
27th
シングル
50位 59位 上位 64名 総人数 237名
964票 5,933票 1,270,665票 1,384,122票

2013年
32nd
シングル
圏外 圏外 上位 64名 総人数 246名
??票 ??票 2,185,273票 2,646,847票

2014年
37th
シングル
圏外 圏外 上位 80名 総人数 296名
??票 ??票 2,277,636票 2,689,427票

2015年
41st
シングル
80位 圏外 上位 80名 総人数 272名
3,635票 ??票 2,735,433票 3,287,736票

2016年
45th
シングル
72位 圏外 87位 上位 80名 総人数 272名
3,993票 11,498票 2,741,677票 3,255,400票

2017年
49th
シングル
圏外
100位未達
圏外 98位 上位 80名 総人数 322名
??票 10,672票 2,629,240票 3,382,368票
10
2018年
53rd
シングル
圏外
120位未達
100位 上位 100名 総人数 339名
??票 14,488票 3,137,766票 3,836,652票
※ 非公開情報については “?” と表記。
※ ランク圏外の年の順位・票数は、後日発表されたもの。


★ AKB48選抜総選挙 企画と総括の記録 ★ 〜 抜粋 〜

☆ AKB48選抜総選挙 開票後の御挨拶・総括_2017(2017年06月作成)

☆ AKB48 選抜総選挙 大家志津香 2018 〜 ランクイン勝手に応援ページ 〜

☆ AKB48 選抜総選挙 まめちしき雑談










 
【 た行 】



 
田名部 生来(たなべ みく)

田名部 生来

1992年12月02日生まれの滋賀県出身。AKB48の3期生。
最終所属は、AKB48 チームB所属。
所属事務所は、Mousaを経て AKS。2017年のAKB48卒業後フリーランスで活動していたが、2018年08月01日より株式会社オムニアと業務提携。

2017年04月08日の「AKB48 3期生10周年公演」にて、AKB卒業を発表。卒業公演は、2017年06月26日。最後の握手会参加は、2017年07月23日。

ニックネームは「たなみん」であるが、メンバーからは「みんちゃん」と呼ばれることも。自称「みんくそ」「mnks」など。ファンからは「たな部長」とも呼ばれる。ちなみに田名部のファンは「たな部員」と呼称される。

「生来」の名の由来は、“やっとの思いで生まれて来てくれた” という意味から。母親の母体が弱かったため、生まれてきてくれた子への感謝と愛情が込められている。「未来」と間違われることが多いが、本人によると『未来とよく間違えられるのは悲しきことかな』とのこと。

アニメヲタにして特撮ヲタ。そしてコスプレが大好き。しかも家族全員みんなヲタという血統書付き。独自路線をまっすぐに貫く、AKBイチぶれない姿勢と非常に楽しい感性を持っている。
事務所「Mousa」に所属する際、社長に「ヲタク封印しろよ!」と言われていたが、その3年後に ヲタク丸出し全開の DVD付き書籍を出版するまでになった。「よくここまで曲がらなかったな(笑)」とは、当時所属していた事務所Mousa社長の言。

「DJ mnks」の名でDJ活動も行う。大の酒好き・相撲好きとしても知られており、プライベートで酒を片手に相撲観戦している様子がNHKのTV中継で映りこんだこともある。

ブログの内容がマニアックすぎて分かりづらいこともあるが、独特のテンポの良い文章を書いており、クセになる人も多い。
滋賀県交通安全ふるさと大使を務めており、地元愛を前面に押し出している。

プライベートでは一人で行動することが多く、あくまでネタとしてだが、岩佐に「ぼっち兄貴」と慕われている。

アイドルとしては若干奇異な存在ではあるが、舞台上では高い身体能力を活かしたパフォーマンスを見せる。
そのヲタク趣味とモデル体型からはイメージしづらいが 体育会系であり、目標は アクションもできる女優。


大家とのエピソード。
大家初のレギュラー番組であった「全力で聴かなきゃダメじゃん!!」で共演していたが、後輩である大家との距離感は「つかず離れず」といった感じであった。その後3代目チームB(梅田チームB)で同じチームになってからは、急速に仲良くなった。(互いの証言より)
2016年10月10日、第7回 AKB48じゃんけん大会で田名部がセンターポジションを手にした時、大家はその場で号泣。その夜は横山由依とともに本人不在ながら祝勝会を行った。
2017年04月21日、SHOWROOMネット配信番組「AKB48の君、誰?」で久々に大家と共演。ともに番組を盛り上げるも、『長年の仲なんですが、なかなか距離が縮まらない後輩:しーちゃんと(酒を)飲みに行きたい』とポツリ。


2013年05月24日、別冊たなぶ島 田名部生来のオタクカルチャー大全(DVD付)を 出版。
「はじめまして タナブです」「オタク こじらせてます ……」と始まる冒頭部分から、独自のオタク感全開の紙面づくりを貫いている。一貫して「特撮ヒロインをめざす」と言い続けてきた田名部主演による「残念戦隊タナミンシー」なるムービーもDVDで添付されており、AKBの公演で見せるカッコいい姿からは想像もできぬ「良い意味で残念な」(笑)演技を見せている。「お涙頂戴なエッセイ集にしたくない」という意向から、特撮で有名な円谷プロやアニソン歌手の水木一郎、果ては自身が「交通安全大使」を務める滋賀県警察本部まで巻き込みつつ、田名部らしい楽しい一冊となった。( もちろん、まじめな対談もあり )

2014年06月07日、第6回目となる選抜総選挙「AKB48 37thシングル 選抜総選挙」にて、初のランクイン。前年(2013年)の公約に従ってか、舞台上で土下座挨拶。誰もが予想しなかったであろう、そして誰もが喜んでいるであろう「AKBイチブレない女」のランクイン。11,041票もの票を集め、71位に。スピーチでは「ドッキリでしょうか」と土下座で感謝を伝えた。開票日までのあいだ酒断ちして挑んだ総選挙。開票後の酒は、さぞ美味しい酒になったに違いない。総選挙後の2014年06月23日、ファンを交えてのイベント「AKB48 37thシングル選抜総選挙 71位記念イベント 田名部生来 大感謝祭 〜 感動! カンゲキ!! 乾杯!!! 〜」を「渋谷club asia」にて開催し大好評を得た。なお、このイベントは 48グループ初の飲酒イベントとなった。

2016年10月10日、第7回目となる AKB48じゃんけん大会「AKB48グループ ユニットシングル争奪 じゃんけん大会 in 神戸ワールド記念ホール」で優勝し、上位7名によるユニットのセンターポジションを手にした。酒好きの田名部は「よっぱらいサラリーマン」のコスプレで勝負に臨んだが、決勝前にすでに号泣。多くのメンバーの声援を受け、初手で勝利を収めた。後日CDをリリースすることとなる上位7名のメンバーは以下の通り。

1位 田名部生来(AKB48)
2位 湯本亜美(AKB48)
3位 込山榛香(AKB48)
4位 渋谷凪咲(NMB48兼AKB48)
5位 福岡聖菜(AKB48)
6位 竹内彩姫(SKE48)
7位 野澤玲奈(AKB48)

田名部はマスカラが流れ落ちるほど号泣しながら『これ言っていいのか分かんないんですけど、私のことは嫌いになってもAKBのことは嫌いにならないでください』『報われないことだらけで…本当にここまでちゃんとAKBをやってきてよかったです』『きょうのお酒は絶対においしいです。やったー!』と、喜びを爆発させた。また、2014年のAKB48総選挙ランクインの時と同様、舞台上で土下座挨拶。多くのメンバーや満員の観客も割れんばかりの拍手と【 たなみん 】コールを贈り、普段メンバーについてほとんど触れない大家も『たなみん優勝嬉しすぎる泣いた泣いた泣いた… 本当におめでとうございます!!!!』とSNSに投稿した。
なお、このユニットには田名部が『自分の孫』と呼んで可愛がっている 福岡聖菜 も含まれており、また他のメンバーも多くが48グループの主流ではない個性派ぞろい。良い意味で新しい風を運ぶユニットとなることが期待される。
じゃんけん大会終了後の本人ブログはコチラ ⇒ 田名部生来 公式ブログ『じゃんけん大会。』

田名部がセンターを務める じゃんけんユニットCDシングル『逆さ坂』は、2016年12月21日に発売。リリース名義は、上位7人で結成された新ユニット「 じゃんけん民(みん)」。










 
【 な行 】



 
中西 優香(なかにし ゆうか)

中西 優香

1989年01月24日生まれの愛知県出身。

AKB48の4期生として48グループに加入し、のちSKE48に移籍。
2015年03月31日にグループを卒業。
卒業後は、主に声優のマネージメントを行っている アクロス エンタテインメント預かりとなった。(2015年07月10日発表)

2017年11月下旬に一般の男性と入籍。
2018年04月07日、入籍していたことと、同日に挙式したことを自身のTwitterにて報告。
2018年07月31日をもって芸能界を引退。

元・SKE48 チームSリーダーにして、元・SKE48のキャプテン。
表舞台に立つ機会は少なかったが、SKE48立ち上げ当初からグループの精神的支柱として活躍した。初代チームSリーダーにしてSKE48のキャプテン的存在であった平田璃香子の卒業後、名実ともにSKE48の支柱となった。
コンサート等の終盤に披露される定番曲のひとつ「仲間の歌」では、曲中での観客への呼びかけ・先導を中西が行っており、SKE48コンサートの風物詩ともなっていた。

2014年02月24日、「AKB48グループ 大組閣祭り〜時代は変わる。だけど、僕らは前しか向かねえ!〜」にて、SKE48チームSへの残留が発表された。(チームSリーダー等の役職については解任)
その後 SKE48での肩書は無くなったが、ファンにとっては大組閣後もSKE48のグループリーダー的存在であり続けたた。

SKE内最強勢力(?)である「二次元同好会」の3代目会長だった。

2014年12月24日、チームS公演にて SKE48からの卒業を発表。同じくSKEの1期生である佐藤実絵子とともに、2015年03月31日をもって卒業。

AKB48の4期生で、大家の同期でもある。
「元祖地方組」のメンバーであり、年長者の中西はリーダー的な存在だった。

SKE48立ち上げ準備時には AKB48研究生(4期)であったが、SKE48の立ち上げに際して移籍となり、オープニングメンバーの一人としてグループを立ち上げた。のち、チームSの初期メンバーとして活躍し、現在に至る。
2013年にキャプテンになるまで 長らくリーダー等の肩書はなかったものの、リーダーを支えメンバーのフォローをしつつグループ全体を支える大黒柱として人望も厚かった。
AKBの「アンコールなし研究生公演」の際に研究生のリーダー分として謝罪に立った人物でもあり、AKB48研究生時代の経験を周囲に伝え、メンバーを下支えした功労者でもある。事実、自分を支えてくれた人物として中西の名を挙げるメンバーは多い。

自己紹介で「巷で噂の男子系女子」と表現されるように、アイドルというよりイケメン風の容貌。チャラさは無いが、その言動はかなりイケメン的。その人柄・人望・風貌から、「チャラ西」「アニキ」などと、親しみを込めて呼ばれることもある。気さくで明るく、生真面目で責任感の強い性格だが、おっちょこちょいな部分もある。地方組の共同生活時代に一つしかない鍵を失くして大泣きしたこともあり、かわいい部分もある。実は結構な人見知りで、本来 自分からガツガツ交流を求めに行くタイプではない。妄想能力も含め、内面はかなり乙女。ただし、本人によると女子力は高くないらしい。

趣味は二次元。主な担当分野はコミック。動画サイトもよく見ている。
コミックの対象ジャンルは幅広く、少年マンガも少女マンガも手広く読んでおり、その数は月20冊に及ぶ。自分にもっとも大きな影響を与えた二次元作品に『っぽい!』(やまざき貴子)を挙げており、その多感な時期の悩みや葛藤に向き合う青春群像が中西優香に影響を与えたのだと考えると、たしかに感慨深く、中西の姿と重なる部分も多い。

愛称としては、高田志織がつけた「にしし」が一般的であるが、地方組を含めAKB時代を知る者は「西中」と呼ぶことが多い。一人カラオケ・一人映画・一人きしめんなど 一人での行動が好きではあるが、交友の幅は広く、メンバーと遊びに行ったり旅行したりすることもある。その際にはなかなかの行動力をみせており、インドア専門というわけでもないらしい。

好きな言葉は「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も」。
ドライアイが悩みの種らしい。

AKBでもSKEでも同期である出口陽によるグラビア選抜「出口陽プロデューサーによるセレクション8」への選抜入りを直談判するも、あえなく却下。しかし、2013年10月発行の「SKE48×週刊プレイボーイ2013」において「陽Pセレクション がんばり組」に抜擢。出口には「SKE48キャプテンの超美脚」と紹介された。

2014年09月15日〜、ブロードウェイミュージカル「フットルース」にアーリーン役で出演。
以後、舞台などで活動中。

2018年04月07日、自身のTwitterで結婚を報告。同日に挙式。以下は、当該Twitterより。
【ご報告】
私、中西優香は一般男性の方と結婚いたしました。
昨年の11月下旬に籍を入れ、本日親族だけでの式を無事終えることが出来ましたのでご報告させていただきます。
これから温かな家庭を築いていけるよう、思いやりを忘れず日々を重ねていきたいと思います。




 
仲谷 明香(なかや さやか)

仲谷 明香

1991年10月15日生まれの岩手県出身。元AKB48の3期生。
現在はAKB48を卒業し、フリーランスを経て声優事務所へ。
2013年03月06日にAKB48を卒業。「Mousa」との契約も終了した。
2013年07月01日より、声優事務所「アミュレート」に所属。

ニックネームは「なかやん」。
自身のことを「仲谷おばちゃんだから」「ついお母さん目線で」などと度々発言しており、もちろんネタとしての言い回しではあるのだが、同時に少し俯瞰で見た意見を述べることもある。

在籍時のキャッチフレーズは「私の半分は優しさで できています」。
そのフレーズの通り「イラッ」とすることはあるものの、怒ったことは無いらしい。
メンバーから語られる「優しさ」エピソードはいろいろあるが、岩佐による 「優しさ1000%の仲谷氏」 という表現が、その優しさ具合を如実に物語っているのかもしれない。

優しさ1000%である一方、実はかなり頑固な性格でもあり、自身の意見は 誤解を恐れずまっすぐに唱える。
ただ、他人の意見を真っ向否定する意図はなく、あくまでいろいろな意見に一定の理解は示しつつも、自分の意志をしっかり述べるという形式をとっている。

幼稚園の頃 ピカチュウの声マネを友達に褒めてもらったのがキッカケで、声優を志す。
中学生になり声優の養成校に入ったものの、家庭の事情で継続を断念。夢に向かう細い糸を手繰るため、背水の陣でAKBのオーディションに臨んだ。
雑誌インタビューで「将来は、プロとして息の長い声優になりたいと思っています。母が働かなくても大丈夫なくらい、稼げるようになりたい」と語っており、今もブレずに夢に向かって歩みを進めている。

AKB48加入から卒業まで、おそらく最もハートがブレなかったメンバーNo.1。
もちろん「非選抜」故の苦難が多かったのだが、「声優になる」という方向性は貫きながらも、最善の自分の立ち位置を模索し、創造し、それを体現してみせた。

在籍時の彼女はAKBでは目立つ形で報われなかったかもしれないが、( 本人はそうは思ってないかもしれないが )
本来 AKBが(表向きに)掲げてきたコンセプトを「卒業」という形において、はじめて理想的に身を以て体現して見せたと言える。

2010年、朗読を担当した 岩崎夏海著『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』の オーディオブック版が「オーディオブック オブザイヤー」に選ばれ、同書がアニメ化された際にも声優として参加した。
2012年、TVアニメ『AKB0048』の主役9名のうちの1人( 藍田織音 役 )に選ばれ、主題歌を歌うユニット「NO NAME」の一員としても活動した。
2012年04月02日、「すべての “非選抜” に生きる人たちに元気を送る応援メッセージ」をテーマにした 自叙伝「非選抜アイドル」を出版。
2013年04月26日、「非選抜だった私を救った48の言葉」を出版。


ちなみに、あまり表立ってエピソードが語られることはないが、何気に大家を気にかけてくれた先輩の一人でもある。在籍時のブログ や Google+で 度々大家のことを取り上げており、大家が体調不良になったときや淋しすぎて滅入っているときに声を寄せていたりする。「しーちゃん、だいすきですよ」と、本人に呼びかけるかのようにブログでも度々語っており、「半分は優しさ」というより「まるごと優しさ」といった趣き。
仲谷の卒業に際し、めったにSNSを投稿しない大家は「なかやん。なかやん。ありがとう」と綴った。

2013年12月13日、ミュージックステーションにじゃんけん選抜として大家が出演した際には「しーちゃん(^ ^)しーちゃん(^ ^)」と、自身のSNSでつぶやいた。


第二の芸能活動も、その歩みを着実に進めている。
2014年02月02日から放送が開始された女児向け変身ヒロインアニメ「ハピネスチャージプリキュア!」の主題歌「ハピネスチャージプリキュア!WOW!」の歌唱を担当した際には、特に注目を集めた。芸能界デビューから一貫して声優・歌手への夢を語り続けた仲谷にとって初のソロ歌唱曲となったのは、大人気アニメシリーズの10周年記念作品主題歌であった。
その後もアニメやゲームなどを中心に声優活動を続けている。




 
小型船舶操縦士免許

2級小型船舶操縦士免許

小型船舶操縦士免許は、日本国内においてレジャー・スポーツなどで使う海や湖水を走るエンジン付き小型船(プレジャーボート、モーターボート、ホバークラフト、エンジン付きヨット、水上オートバイ)を操縦するために必要な免許であり、船舶職員及び小型船舶操縦者法に定める海技従事者の一つ。小型船舶操縦士の保有を証明して交付される公文書を小型船舶操縦免許証という。通称で「ボート免許」とも呼ばれる。

免許証は国家試験を経て交付される。国土交通省の地方運輸局、神戸運輸監理部、沖縄総合事務局運輸部が交付しており、居住地等によらず、全国どこでも手続きが可能。

大家は、2010年に番組の企画で、2級小型船舶操縦士免許を取得。交付・登録されたのは、2010年10月22日。2010年11月21日から2週にわたって放送されたテレビ番組「ネ申テレビ」Season5「AKB48処女航海」の企画でのこと。取得直後、大家は不安がるAKBメンバーを同乗させ、自身の操舵で東京湾をクルージングした。

2020年、免許更新のタイミングで1級取得を決意し勉強。無事に1級小型船舶操縦士免許を取得した。このことにより、これまでの航行区域の制限が無くなった。交付・登録されたのは、2020年03月24日。


< 2級小型船舶操縦士免許 >

操縦できる大きさ:
総トン数20トン未満または特定の条件を満たす全長24m未満

航行区域:
平水区域および海岸から5海里以内(約9km)

取得可能年齢:
満16歳以上(満15歳9か月より受験可能)

< 1級小型船舶操縦士免許 >

操縦できる大きさ:
総トン数20トン未満または特定の条件を満たす全長24m未満

航行区域:
制限無し

取得可能年齢:
満18歳以上(満17歳9か月より受験可能)




 
野中 美郷(のなか みさと)

野中 美郷

1991年04月20日生まれの福岡県出身。元AKB48の6期生。
最終所属は、AKB48 チームB(3代目チームB)。
2014年02月24日、「AKB48グループ 大組閣祭り〜時代は変わる。だけど、僕らは前しか向かねえ!〜」にて、4代目チームKへの人事異動が発表されるも、2014年02月27日の公式確定情報発表ではチームB所属に変更された。
その翌日の2014年02月28日、「NOTTV AKB48のあんた、誰?」出演時に自ら卒業を発表。卒業公演は2014年04月22日の3代目チームB公演(梅田チームB)。最終活動日は2014年09月23日。
当時の所属事務所は、プロダクション尾木。
2014年5月31日をもってプロダクション尾木との契約終了し、芸能界を引退。

ニックネームは「みちゃ」。

歌手志望。
性格は、内気でマイペース。自他ともに認める平和主義者。ふわっとした印象だが、負けず嫌いでもある。明るく茶目っ気のある性格でありながらも、独特の落ち着いた雰囲気を持ち、メンバーには慕われている。
無口で人見知りであったが、同郷の梅田彩佳と仲良くなってからは、明るく積極的になった。
劇場公演が好きで、正規メンバーに昇格した後も他のチームや研究生公演に志願して出演していた。
見た目にそぐわず身体が丈夫なのが自慢で、48公演連続出演という記録を持つ。

2012年04月06日から始まったAKB48全国ツアーのタイトル「野中美郷、動く。〜47都道府県で会いましょう〜」で、知名度が上昇した。その後この全国ツアーは早々に立ち消えとなり、野中が卒業するまでに再開されることはなかった。

プロ野球球団「ソフトバンクホークス」の大ファンで、球場にも足を運ぶ。
卒業後は、内田眞由美がオーナーの「焼肉IWA」で時々働いている。










 
【 は行 】



 
ヒューマンビートボックス

口や鼻からの発声だけでDJプレイをすること。
よくボイパ(ボイスパーカッション)と混同されるが、ボイスパーカッションはヒューマンビートボックスの一種。
ボイスパーカッションはドラムの音のみを表現するのだが、ビートボックスはドラムの音でリズムを刻みながら様々な音を織り交ぜて加工して音楽をつくっていく。

大家は番組企画で本職の有名ビートボクサーの指導を受け、その素質を絶賛された。それまで地方組の遊びの中で培われた「なんちゃってボイパ」は、あらためて大家の「誇れるもの」としてのスタートを切った。
ちなみに、AKBのリクエストアワーで共演した アカペラグループINSPiのベースボーカル吉田圭介氏によると、大家のボイスパーカッションは「無声ボイパ」で「スネアが吸うタイプ」だから珍しいとのこと。(「大声ダイヤモンド」アカペラバージョンでの共演)
吉田氏は後年あらためて大家の成長について自身のTwitterで「アイドル界ではあり得ないクオリティ」だとまで語ってくれており、ビートボクサーDaichi氏もこれに反応し、「ビートボックスめちゃくちゃ成長してる!なんちゃってレベルじゃない。」とコメントしてくれている。(2015年04月24日)




 
福岡 聖菜(ふくおか せいな)

福岡 聖菜

2000年08月01日生まれの神奈川県出身。AKB48の15期生。
AKB48 チームB所属。
所属事務所は、AKS。

デビュー当時の集合写真の並び位置が由来で “左上ちゃん” と呼ばれていた。以降、写真に写る際や立ち位置などが左上であることが多く、正規メンバーへの昇格後、チームB(倉持チームB)のチーム曲「Bガーデン」では “ 左上ちゃんと呼んでください ” と歌詞にまで採用された。2016年のAKB総選挙では「脱・左上」を掲げ、センターを目指すことを宣言するもランクインは叶わなかった。

思慮思考、熟考の人。多方向に気遣いを発揮し、感謝を忘れず素直に感謝を口にする。15歳の時点で人格形成を完成させてしまったかのような言動を見せる時があり、また、物事の背景にも目が行ってしまう性格。一般的な人が目を向けないようなところにまで思慮思考を伸ばしていく傾向がある。疑問があれば適当に受け流すということができず、何事もキチンと理解しなければ先に進めないタイプ。新しいことに対しては習得が遅く一見不器用にも見えるが、一旦キチンと理解したことについては能力を最大限に発揮。年齢と経験を重ねて独自に研究を続ければ、ある時点で逆に他を圧倒する可能性が高い。今後の超絶進化が期待されるAKB48若手の注目株。
一人語りは得意な方で、自身のGoogle+では「せいちゃんのおはよーラジオ(仮)」という企画を継続して行っている。

大家が副キャプテンを務めていた AKB48チームB(倉持チームB)で、同じチームのメンバー同士だった。倉持チームBは、正規メンバー昇格後に初めて所属したチーム。昇格当時、福岡からは「最近仲が良くなったメンバー」の一人として大家の名も挙がっていた。

2016年10月10日、第7回目となる AKB48じゃんけん大会「AKB48グループ ユニットシングル争奪 じゃんけん大会 in 神戸ワールド記念ホール」で、上位7名によるユニットのメンバーとなった。ちなみに、優勝してセンターポジションを手にしたのは、福岡を『孫』として可愛がっている田名部生来。後日CDをリリースすることとなる上位7名のメンバーは以下の通り。

1位 田名部生来(AKB48)
2位 湯本亜美(AKB48)
3位 込山榛香(AKB48)
4位 渋谷凪咲(NMB48兼AKB48)
5位 福岡聖菜(AKB48)
6位 竹内彩姫(SKE48)
7位 野澤玲奈(AKB48)




 
普通自動車第一種運転免許

普通自動車第一種運転免許

2015年11月04日、自身のTwitterで普通自動車第一種運転免許の取得を報告。教習所に通い始めてから かなりの年月を要したが、この日の朝ようやく取得。この日深夜のオールナイトニッポンでも報告した。翌日は、ひるおび出演後に初ドライブ。友人の堤坂笑加とともに交代で運転した。本人いわく、『ようやく車の使い手になった。』とのこと。


大家が免許を取得した時点において運転免許制度上の区分でいう「普通自動車」とは、車両総重量5,000kg未満、最大積載量3,000kg未満および乗車定員10人以下の条件を全て満たす自動車で、大型特殊自動車、自動二輪車(特定二輪車を含む)、小型特殊自動車のいずれにも該当しないものを指す。

ちなみに、2007年06月02日の中型免許制度の新設により、従来の車両総重量8,000kg未満、最大積載量5,000kg未満、乗車定員10人以下から現行区分へと変更された。この改正の前に受けた普通免許は、改正後は「車両総重量8,000kg未満、最大積載量5,000kg未満、乗車定員10人以下」限定の中型免許を受けていると見なされ、免許更新時に当該条件を付されたものは限定付きの中型免許を所持しているのと同じ効力を持つ免許証に更新される。すなわち改正後も新たに免許を受けることなく、改正前の普通免許で運転できた自動車を運転できる。










 
【 ま行 】



 
前田 亜美(まえだ あみ)

前田 亜美

1995年06月01日生まれの東京都出身。AKB48の7期生。
AKB48 最終所属はチームA。
所属事務所は、オスカープロモーション。(2016年09月27日発表)

AKB48在籍時の所属は、フロスツゥーを経て AKS。
2016年06月02日、自身の生誕祭にて卒業を発表。
握手会最終参加は、2016年08月14日。卒業公演は、2016年08月29日。

ニックネームは「あーみん」。
太ましい「まゆげ」がチャームポイント。「眉毛」ではなく「まゆげ」というのが本人のこだわり。
まゆげを活かした「まゆげボーン」という一発ギャグを持っている。

性格は子供でマイペース。寂しがり屋の甘えん坊。しっかり者ではあるが、かまってちゃんでもある。
コンタクトやメイクを落とさず寝てしまうことが多く、よく母親に怒られており、その様子が母親の手により度々 google+ にアップされている。
AKB加入時は最年少で、昇格後もチーム最年少であったため、楽屋に居る時は隅っこの床にひっそりと座っていることが多かった。

AKB加入当初は歌もダンスも苦手だった。研究生公演ではセンターを任され、あまりのプレッシャーに自暴自棄になったこともあるが、家族の支えで立ち直っている。

大家のことを「挨拶の仕方から何もかも教えてくれた恩人」とたびたび発言しており、大家をお父さん、指原をお母さん、と称していた。特に早めに正規メンバーに昇格した指原莉乃にとっては『ヒヨコちゃんのようについてくる大事なカワイイ後輩第一号』であった。




 
馬 嘉伶(マ チャリン)

馬 嘉伶

1996年12月21日生まれの台湾出身。高雄生まれの台中育ち。
2015年 AKB48台湾オーディション合格者で、台湾からの留学生。
AKB48 チームB所属。

名前:馬 嘉伶
   マ・チャリン、Ma Chia-Ling
ニックネーム:まちゃりん
出身地:台湾 Taiwan
趣味:お菓子作り
デビュー期:AKB48台湾オーディション(2015年)


2015年08月06日、AKB48台湾オーディションに合格。

2015年12月15日、「第5回 AKB48紅白対抗歌合戦」で、前座として出演し、お披露目される。

2016年02月21日、千葉・幕張メッセで行われた「唇にBe My Baby」劇場盤発売記念大握手会+フォトセッション&囲み取材大会で、正規メンバーへの昇格とチームBに所属することが発表され、台湾より来日。

2016年03月04日、チームB 7th Stage「ただいま恋愛中」にて、前座ガールズとして「ロマンスかくれんぼ」をソロで披露し、劇場デビューした。

来日から丸1年を迎えた 2017年02月20日、自身のSHOWROOM配信にて複雑な心情を吐露。馬嘉伶を含む「台湾オーディション」合格者の活動実態などについても触れられており、ファンのみならず一部メンバーからも反響を呼んだ。

2017年02月24日、大家は SHOWROOM配信「AKB48の明日よろしく!」の中で『まちゃりんが日本に来て良かったと思えるようにしてあげるのが目標』と発言し、かなりの時間を割いて馬嘉伶について語った。




 
松井 咲子(まつい さきこ)

松井 咲子

1990年12月10日生まれの埼玉県出身。元AKB48の7期生。
最終所属は、AKB48 チームA。
所属事務所は、サムデイ。
2015年05月29日、チームA公演にて AKB48卒業を発表。
2015年08月09日、大握手会をもって AKB48を卒業。

ニックネームは「さきこ」だが、年齢が高めのため「さきこさん」と呼ばれることも多い。近年は、大家命名の「師匠」が ファンやグループ外の関係者にも浸透しているが、大家本人は通常「さきこ」と呼んでいる。

絶対音感を持つ現役の音大生。東京音楽大学 器楽専攻ピアノ科に在籍する。
潔癖症で、匂いフェチ。
ラジオが大好きで、聴くのも出演するのも大好き。夜更かし大好きのショートスリーパーでもある。
番組やSNSで見せる、アイドルらしからぬ奔放なトークと独特の切り替えしは秀逸。
また、本音ともネタともつかぬ自虐的な発言が多いのだが、不思議と嫌味な感じでもなく、ある意味 様式美の域にまで達している。

話題が豊富で、見た目にそぐわぬ アイドルや仮面ライダー電王などの趣味も持つ。また、冬が大好きで、その冷たい空気感や冬独特の冴えた匂いなどがたまらなく好きらしい。毎年冬の足音が聞こえると、SNSに その旨の投稿が出てくる。ファッションは比較的上品な系統であり、一時期は極度に紫色を好んでいて「むらさきこ」とも呼ばれていた。高身長のスラリとしたスタイルで、良くも悪くも(嗜好によるが)薄いプロポーションを誇っており、自他ともにネタにしている。ネタ尊称の「せなか師匠」は、そのことが由来。

表ではお茶目で明るい大人の女性であるが、苦悩の研究生時代を過ごした苦労人でもある。
心無い人達に「谷間の7期」と揶揄された直中にあって、学業(ピアノ)との両立は、ダンス経験のないまま高年齢で加入した松井にとって、まさに苦難の連続であった。芸能界を知らぬ家族に心配をかけまいと家族には何も話さなかったが、独りでピリピリして自分の中に抱えきれず涙する日々が続いた。音大に通っていたことを理由に、片手間に活動をやっていると誤解され叩かれることも多く、その苦悩は現在の恵まれ尽くした研究生には想像だにできないことに違いない。
その後、家族や仲間の支えで無事昇格を果たし、現在ではグループでもトップクラスのキャラ立ちしたメンバーの一人となった。

2012年10月03日、ピアノのインストルメンタルアルバム「呼吸するピアノ」でソロデビュー。

大家とは気が合うらしく、独特の小気味良いテンポで会話が応酬される。それはラジオ番組やSNSのコメント欄などでたびたび披露されており、この二人が集う場所は、周りを巻き込んでのお祭り騒ぎになりそうな予感を感じさせる。
寂しくなると夜中の3時とか4時にメールをしてしまう大家に対して、温かいフォローの返信をしてくれる特異な人物。大家に「あなたこそ、しーちゃんハートホスピタル メンバーの鑑です」と言わしめた、大家を癒す CHH of CHH。初対面は大家が舞台監督に怒鳴られていた現場だったのだが、なぜ仲良くなったかという詳細については不明。4期の大家と7期の松井では、かなり離れた先輩後輩になるわけだが、苦悩の研究生時代を共に過ごし戦った戦友同士として、その絆は強固で深い。松井にとって大家は年下の先輩にあたるわけだが、松井によると大家は「年下メンバーで1〜2位を争う信頼できるメンバー(岩佐美咲と比肩)」とのこと。
余談であるが、そうした背景から 大家は7期生と間違えられることが多く、「4~5期の先輩にタメ口たたくな」と不条理に叩かれることも多かった。




 
松原 夏海(まつばら なつみ)

松原 夏海

1990年06月19日生まれの福岡県出身。元AKB48の2期生。
ワンダー・プロダクション所属。女優。

2013年07月07日をもって AKB48を卒業。
最終所属は、AKB48 チームK(3代目チームK)。
当時の所属事務所は、プロダクション尾木。
2015年03月31日をもって プロダクション尾木との契約を終了。

ニックネームは「なっつみぃ」。大家は「なっつみぃさん」などと呼ぶ。

キレのあるダンスが得意で、その秘訣を「音に体をはめること」と言っている。いつでもどこでも四六時中リズムをとることを意識している、とのこと。AKB加入当時ダンスの経験はなかったが、AKBとは別にスクールに通ってレッスンを受けていた。ダンスに関しては絶大な信用を得ており、松原に聞けば間違いないとまで言われた。
ほとんど休演せず劇場を支えたつづけた鉄人でもある。外仕事が少ないからと揶揄する者もいるが、彼女の父君が言うように、大いに誇ってよいことである。
本人は「自分にはダンスしかない」と思っていたようだが、それ以外の魅力はもちろんあったわけで、その魅力が十分発揮されないままAKBを去るのは残念ではある。だからこそ、カセの無くなった今後の活動が期待される。

温厚な性格で、イタズラ好き。
「言ってることの8割がウソ」とも言われるほどテキトーだが、悪意はカケラもなく、ツッコまれることを前提に話しているらしい。たしかに会話はテキトーな部分も多そうだが、こだわるところはこだわる性分であるらしい。ダンスについては、まさにその最たるものなのだろう。
表立って話題にならないが、「えっ何で怒ってんの? 笑ってる方が楽しいじゃん」は名言。

小学生の頃からアイドルになると決めていた松原。どのくらいの決意だったかというと「将来アイドルになった時にスキャンダルのネタにならないように自身に恋愛禁止を課していた」というほど。この驚きのエピソードは、後年に父君により語られている。その時のアイドルになるという夢はかなったが、2013年06月04日の卒業公演をもってAKBの舞台を降りた。卒業は2013年07月07日。

大家が最も世話になったであろう先輩の一人で、大家のことを親友とまで言っている。大家の家に指原と出向き、大家の面白さをどう伝えるかを話し合ったというエピソードもあり、「Cトーク」を支えた人物でもある。AKB加入後3年2か月の長きを経て ようやく2代目チームAに昇格を果たした大家を陰に日向に気にかけ続けてくれた先輩チームメイトであり、大家ファンが足を向けて寝ることのできない人物。

大家とのAKBでの最終舞台共演は、2013年05月20日に TOKYO DOME CITY HALLで行われた「思い出せる君たちへ〜AKB48グループ全公演〜」の K4th「最終ベルが鳴る」公演となった。この公演で大家は、アンコール最後の曲前に行われた松原の挨拶中に感極まってしまい、本人を差し置いて号泣。余りの泣きっぷりに松原にツッコまれメンバーにも笑われてしまうが、すでにリハーサルの時点から泣いていた大家は「笑いごとじゃない!」と憤慨。久しぶりに「泣き虫大家」を全開で披露した。挨拶後、松原と大家は隣同士で公演セットリスト最後の曲「支え」を涙ながらに歌った。

卒業後、松原の番組に大家が出演した際には二人の出会いと仲良くなった経緯が語られた。
松原の大家に対する第一印象は極めて悪く、大家を一方的に嫌っていた。当時一致団結していた初代チームKに当時研究生であった後輩の大家がアンダーで出演することに「チームに入ってこられるのが嫌」と、不快だったという。当時大家本人もそのことを感じて気に病んでいたのだが、2代目チームA結成をキッカケに二人の距離は急速に近づいた。その仲立ちをしたのは、大家の同期生で松原と同じ初代チームKに昇格していた倉持明日香。チーム組閣で大家・松原と同じ2代目チームAに異動となった倉持が間に立つことで、やがて二人の不和は解消され、逆に大家を親友と呼ぶまでの関係になった。
初めてプライベートで遊んだのは、研究生当時からチームK好きを公言していた近野莉菜を交えた三人で。その後頻繁にプライベートを共にするようになっていった。










 
【 や行 】



 
横山由依(よこやま ゆい)

横山 由依

1992年12月08日生まれの京都府出身。AKB48の9期生。
2代目 AKB48グループ総監督(高橋みなみの後任)。

所属事務所は、太田プロダクション。
地方組 のメンバー。

ニックネームは「ゆい」「ゆいはん」「ニローニ」など。ちなみに大家は「よこやま」と呼ぶ。

歌手志望。
AKB加入当時はダンスやトークが苦手だったが、持ち前の根性と努力で克服し、同期で一番乗りの昇格を果たした。昇格後のスピード出世のイメージが強いが、オーディション合格までの苦労エピソードや加入後の努力エピソードが数多く語られている。

性格は非常にポジティブだが、短気でもある。一見上品にも見えるがストイックな体育会系。48グループ内の交友関係が非常に広く、各所で味方を増やし続けるコミュニケーション能力を持つ。

2013年07月21日の福岡ヤフオク!ドームコンサートにおいて、22日に卒業となる篠田麻里子の指名を受け、3代目チームAのキャプテンとなる。2013年07月23日より横山体制のチームAが始動。2014年02月24日、「AKB48グループ 大組閣祭り〜時代は変わる。だけど、僕らは前しか向かねえ!〜」にて発表された大組閣にて、AKB48 チームKのキャプテンとなった。その後、チームAのキャプテンに。さらに、高橋みなみの卒業を受け、AKB48グループ総監督(2代目)となった。

独特の生真面目さを持ち、よく言えば一徹、悪く言えば柔軟性に欠ける傾向がある。会話の中で「そこまで真面目な返しをしなくても …」というくらいの応答をすることがあり、もともと人前での話術の得意でなかった横山に「マジレッサー」というキャラクターを付与した。もちろん嫌味のある言い方ではないので、独自のキャラとして愛されており、番組などでも有効活用されている。ただ、その生真面目さと集中力ゆえに、逆に視野や思考が狭窄となる場合があり、集団をたばねる身としては悩ましい部分でもある。

総監督としての自身に悩みの尽きぬ横山であるが、大家との間にはこんなエピソードもある。

総監督となって間もない2015年12月15日、ニューシングルに卒業生が参加することが発表されたとき、選抜入りできなかったメンバーが泣く様子を見てその心情が理解できなかった横山。そんな自分自身の感性に総監督としての自信を失った横山は、翌年2016年01月のリクエストアワーのバックステージでメンバーに謝罪した。『 ごめんなさい。私はうまくできません。みんなの気持ちもわからない。なのに、メンバーを引っ張っていくだなんて、総監督にふさわしい器じゃないのかもしれません。だけど、AKB48のことが好きです。みんなと一緒に、今まで以上の景色を見たいです。だから力を貸して下さい。』と。その時に大家は『 横山が頑張ってるのはわかるからさ。みんな気持ちは一緒だから。』と返したという。ほかにも先輩メンバーから励ましのメッセージを受け取ったという横山。先達の影ではなく自分自身の在りようを遠からず確立できることを祈念したい。










 
【 ら行 】


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【 わ行 】


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